皆さん、こんにちは。
理事の橋本です。
先日、久しぶりに恩師と二人きりで、お酒を酌み交わす時間に恵まれました。
出会って35年。
いろいろな人に支えられ、教えられ、何とかここまでこれたけれど、たった一人の師匠は誰?と問われたら、私は迷うことなく、このAさんと言うでしょう。
たぶん、師匠も後期高齢者枠に到達したと思います。
ただ、先日も終始「数字」を交えてのお話が多いこと多いこと。
昔からずっと変わらないスタイルです。
裏付けがあり根拠がある。
「だいたい」とか「感覚」で話をすることはほとんどありません。
これを徹底して叩き込まれました。
それがあって、今の自分がある。
素直にそう思い、感謝しています。
元々、社外での出会いから師事するようになったのですが、縁あって僅か1年間程、社内の直属の上司となった時がありました。
そこで学んだことは「間の取り方」です。
時間を置くということ。
日々一緒に仕事をしていると、困難なこと、苦しいこと、カーッとくること、重大な決断を迫られること。
こんなことが次々に降ってきます。
そんな時、師匠はよく「一旦待つ」ということをしていました。
「今日はここまでにしよう」という感じで、一度切るのです。
どんなに感情が沸騰していても。
最初はよく分かりませんでした。
でも、そうすることで落ち着きと冷静を取り戻し、最善の道が見えてくる。
だから、いろいろな思いがあっても、一時グッと堪える。
その場の瞬間的な感情に流されない。
また、一度寝かせたことで、周りの状況が勝手に好転して行く光景もしばしば目撃しました。
そして、もう一つ思い出すのは「コーチ(トレーナー)バ●になるなよ」という教え。
「専門領域のみを掘り下げるなよ」という意であったのだと思います。
全体像を捉えること。
一人の職人である以前に、一人の社会人であり、民間のビジネスマンであること。
だから「先生」と呼ばれて気持ちよくなっていてはダメだぞ!
そんなことも叩き込まれました。
あれから35年経って、職人道のみを貫いて行った人の多くの現在地を見てみると、師匠の言っていたことの正しさが改めて身にしみます。
そして、最後に思ったのは、時間軸の中で「私が勝手に師と仰いで行った」ということです。
師匠は決して、業界あるあるの「あいつは俺が育てた」は一度も言わない人でした。
別れ際気づいたのは、終始「橋本くん」と呼んでくださっていたことです。
少し前まではずっと呼び捨て。笑
出会った当初は「おい」なので、私は名前すらありませんでした。
ずっと尊敬していた師匠に、50半ばになってやっと少しは認めてもらえたのかな。
そんな嬉しい感情に包まれた、楽しい時間を過ごすことが出来ました。
これからもずっと、よろしくお願いしますね。
師匠。